俺は大学2年の春にキャノンの一眼レフカメラを買ったんだ。
なぜかって?
女の子からの”いいね”が欲しかったからだ。
お前には、この物語の結末を見届けてほしい。
それが俺の、最後の願いだ。
それじゃあ始めよう、
「女子からの”いいね”が欲しくて一眼レフカメラを買ってみた話」
ことの発端は、興味本位で開いたインスタグラムだった。
高校の同級生に、Kという男がいたんだ。
Kはクラスでも1、2位を争うほど顔がかっこよかった。
がたいの良い体に、はっきりした顔立ち。
その甘いマスクから湧き出る静かな微笑みは、いったい何人の女を虜にしたんだろう。
背は高く、推定179cm(独自調べ)。
「ホビット族」とも言われていた俺には、頭一つ増えても届かない値だ。
口数が多くなく落ち着いた雰囲気のKは、当然女が絶えなかった。
女豹のごとき目でアプローチを仕掛ける女どもに対して、決して相手の陣地に踏み入ることなく、自分の領域から狙った獲物を確実に仕留める。
そう、それはまるで長篠の戦いにおいて力任せに攻め入る武田騎馬軍を遠くから3000もの鉄砲隊で迎え撃った信長が如き。
俺はそんなKに無意識のうちに憧れていたんだ。
俺だって女の子と話したい、俺だって女の子にちやほやされたい、俺だって. . . . 。
大学に入るやいなや、Kが趣味で写真を始めたことを風の噂に聞いた。
「写真が趣味とかwww地味かよwwwwwwてか女子か笑笑」
と、内心小馬鹿にしていた。
当時の俺は、写真に対して「女っぽい」「根暗」「友達いない」などの否定的なイメージを抱いていたからだ。
「Kも落ちぶれたなあ」
そう思いながら、どんなものか見てやろうと思い、おもしろ半分でKのインスタグラムを開いた。
すると次の瞬間、写真が趣味だと聞いてからKをバカにしていた言葉が、走馬灯のように次々と頭を回った。
「カメラwwだっせぇwwwwww」
「写真が趣味とかwww地味かよwwwwwwてか女子か笑笑」
「一人でパシャパシャ撮ってて楽しいんですか〜〜?爆笑」
「大学生活エンジョイできてないみたいだねwwww」
「Kも落ちぶれたなあ」
「KくんのKは、カメラのK〜!!いや違うか、カメラはCだもんなぁ〜〜クスクス」
Kへの数々の侮辱を思い出していた俺の頭に、最後に浮かんだこの3文字。
「ごめん」
Kのインスタには、綺麗な夕日や滝、そして可愛らしい猫の写真がずらりと並んでおり、プロが撮ったと言われても何の疑いももたないほどだった。
まさかこんな綺麗な写真を素人が撮れるなど、微塵も思っていなかった。
ただ、一番の問題はそこじゃない。
高校の女子たちがみんな”いいね”していたんだ。
イ. . . イイネ. . . . . . . ????
女子からのいいね。
それは俺にとって、学校一の美女がひょんなことからクラスのさえない男に恋をする少女漫画のようなもの。
現実で起こるはずがない、そう思い込んでいた。
しかし、”女子からのいいね”という概念はたしかに存在していたんだ。
そして、Kは俺の知らないところでその”少女漫画の奇跡”を味わっていたのか。
すげぇかっこよくて、すげぇ羨ましくて、すげぇ悔しかった。
さらにKの投稿を一つ一つ見ていると、かつてひそかに想いを寄せていたクラスのアイドルTさんからの”いいね”を見つけてしまった。
悔しかった。
Tさんはいつどこでどんな気持ちで”いいね”したんだろう。
「どうせなんも考えないでいいねしたんでしょ」
その言葉が自分を守るためのものだったことは、自分が一番わかっていた。
趣味で写真を始めてインスタにアップすれば自分も”いいね”してもらえるのかなどと考えていた俺は、
「女子から”いいね”いっぱいほしいな」
そう心の中でつぶやき、Kの投稿画面をそっとダブルタップして”いいね”した。
悲しみと苦しみと憎しみと尊敬が込められたそのダブルタップを、生涯忘れることはないだろう。
〜〜1年後〜〜
雲一つない春の青空。
子供たちが無邪気にはしゃぐ公園の砂場の脇に、じっとしゃがみこむ一人の青年がいた。
彼は右手に持った黒いカメラを覗き込み、まるでその中に何かすごいものがあるかのように目を輝かせている。
「女子から”いいね”いっぱいほしいな」
そっとつぶやいた青年の顔は希望に満ち溢れていた。
〜〜end〜〜

あとがき
一眼レフで撮った写真は写真用に作ったインスタのサブ垢であげていたんだ。
そして、そのサブ垢ではハッシュタグから繋がった知らない写真好きの人しかフォローしていなかった。
そのため、同級生の女子からいいねをもらうことはもちろんなかった。
ではなぜそのアカウントで同級生をフォローしなかったのか?
恥ずかしかったんだ。
自分で撮った写真を女の子たちに、Kに、そして某クラスのアイドルTさんに見られるのが恥ずかしかったんだ。
多分、こういうところがKと俺との差なんだと思う。
あとがき2
一眼レフカメラは、今はもう持っていない。
なぜかって??
車をぶつけてガラスを割ってしまったからだ。
金のない学生が修理代6万円を出すには、この手段しか残されていなかった。
そう、メルカリだ。
一眼レフ本体、レンズ2つを合わせて5万円で売れたんだ. . . . . 。
最後まで聞いてくれてありがとう。